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地球温暖化--人類起源累積炭素量と平均気温の推移

1950年からの50年ほどで、地球上の人類の数は約2.5倍に、また経済規模は約6倍になった。 当然人間活動によって生み出されるエネルギーもこの50年ほどで急増することとなった。
とりわけ地下に埋蔵されていたエネルギー源を地上に取り出し、 それを開放することによって人間活動に利用することとなった産業革命以来、いつかは地球温暖化問題に直面せざるをえなかったといえよう。現在主要因とされている二酸化炭素を含む温室効果ガスの排出問題は、重大な局面にきている。
IPCCによる第四次評価報告書(2007年)によって、かなりの精度で人類活動によって地球温暖化が起きている現状が明らかにされた。右の表は、
環境省訳(http://www.env.go.jp/earth/ipcc/4th/ar4syr.pdf)
を参考にして推計し、まとめたものである。

地球温暖化表

1750年の産業革命以来人類は、地下資源(石炭、石油、天然ガス等)を掘り出し、そのエネルギーを解放して利用してきたが、地球規模で気温上昇、海水面上昇、氷河の後退、異常気象、水害と干ばつの頻繁化等々が進行しつつある。今や、地球環境が人間活動・存在そのものすら危うくしかねないところまできている。
上の表を見ると、産業革命以降人類によって地下資源の燃焼によりCO2を放出してきたが、地球温暖化が問題になり出したのは、ここ数十年ほどだ。
1750年に二酸化炭素濃度は285ppmだったが、その後の220年間で平均0.205ppm/年上昇し1970年に325ppmとなった。以降の30年間では1.543ppm/年上昇して379ppmになった。つまりこの数十年で急激に二酸化炭素濃度が上昇してきたのである。
それは、人類活動によって生み出された炭素に注目するとよく分かる。上の表では、最新の2004年又は2005年のデータを元に「人類起源の温室効果ガス排出量」と「化石燃料起源の二酸化炭素排出量の炭素換算量」との割合1:0.147を元にして各年の炭素換算量を推計した。また自然吸収量を現状の31億トン固定とした(実際は正のフィードバックによりもっと厳しい)。
産業革命以降、人間活動により排出されたCO2が、自然吸収量限界値に達しない間は地球規模での環境変動としては問題にならなかった。ここ数十年で自然吸収量を上回り、自然に吸収されない炭素が急激に増えているのが分かる。長い間絶妙に収支バランスのとれていた温室効果ガスがこのわずか数十年ほどで大きくバランスを崩してきた。そして誰の目にも「地球の異変」が見えてきた。そればかりか、今の人間活動のやり方そのものの危うさが見えだしてきたのである。

ひとつは、現状の再生産活動そのものがこのままでは、「経費」の点からマイナスになるという面である。
「つまり、強固で早期な対策によりもたらされる便益は、対策を講じなかった場合の被害額を大きく上回る。本レビューで得られた知見は、気候変動を無視すると、結果的に経済発展が阻害されることを示している。これから20〜30年を超えて我々がとる行動には、今世紀の末から来世紀にかけて、経済や社会活動に大規模な混乱を引き起こすリスクがある。このリスクの規模は、二度の世界大戦や20世紀前半の世界経済恐慌に匹敵するものだ。」(スターン・レビュー)

もうひとつは、現状の社会的生産様式そのものが問われ始めているのである。
すなわち、「資本の利益」を最大限にするための大量生産・大量消費・大量廃棄という経済構造の問題である。
「スターン・レビュー」で言われている「対策」が資本主義社会において可能かどうか。一国ではなく全世界で同時的に行えるのか。地球規模での激烈な競争が行われている中で、「炭素税」によって「対策」が現実化されるであろうか。地球規模での強力な権力が存在していないのだから。「経費」の少ない資本が有利であり厳しい生き残りをかけた競争が支配的なのだから。
果たして資本の利益を最大限に追求する経済構造そのものに手をつけずに、地球温暖化問題は解決可能なのかどうかが問われているのではないだろうか。しかもここ十年くらいのうちに実行しなければ、取り返しのつかない事態になるのは間違いなさそうだ。